タンザニア眼科医療支援活動2019 Part3

【報告者】眼科三宅病院 看護師 村上佑里

【活動最終日】

最終日は去年と同様に、Kinyerezi村にある診療所で検診を行いました。タンザニアはマラリアの流行地域でもあり、強力な虫よけスプレーを用意していましたが、街よりも村に生息する蚊の方がマラリアを持っている可能性が高いとの情報を聞き、入念にスプレーをかけて向かいました。
日本では非常に珍しくて怖いイメージしかないマラリアですが、現地ではほとんどの人がマラリアに感染しているそうです。体内のマラリアの活動性が高い時には発熱して学校・会社を休み、解熱したら通常の生活に戻るという、日本での感冒のようにありふれた感染症である、という事実に驚きました。


診察を待つ患者さん

 


診察を行う浅見副院長

横江さんが、検診希望者に対して事前問診や検温を行ってくださりスムーズに進行していきました。訪問した時は20人ほどでしたが、いつの間にか50人を超える村民が集まっていました。先生方は交代で診察にあたり、私は診察の記録係を担当しました。
目が見えにくいと訴えた10代の女の子は、強い近視であることが分かりました。近頃はスマートフォンがタンザニアでも普及しており、近視になる人が多くいるようです。街に出れば眼鏡が買えるようですが、日本円で5000円ぐらいと高額で簡単には買えないとの事でした。眼鏡はなかなか普及しないのに、スマートフォンだけが普及しているという現状に違和感を覚えました。タンザニアではもともとインフラの整備が遅れているため有線で接続する必要がある固定電話の普及が非常に遅れていましたが、電波の基地局・中継局の整備だけで利用可能なスマートフォンが一足飛びに普及してきたようです。

老眼鏡は非常に喜ばれ、村の人達の笑顔を沢山見ることができました。老眼鏡が必要ない方にはサングラスが配られましたが、これも非常に喜ばれ、日本人が掛けるよりもはるかに似合っていました。昨年と同様に、古着も無料で配られました。

検診は昼過ぎまで続き、こうして無事に今回の活動は終了しました。

【活動を終えて】

海外でのボランティア活動は初めてで、思うこと感じることも沢山ありました。
気候や環境も違えば、人々の暮らしぶりや考え方も、全てにおいて日本とは異なりました。そんな中でも、医療を通じて共に一つの目的を果たそうと協力し合うことは、とても感慨深いことでした。
そして今回特に印象深かったのは、活動メンバーの方々の熱意です。昨年の第72回臨床眼科学会で、『見えるを守る』という素晴らしいスローガンが掲げられていましたが、この『見えるを守ろう』と一生懸命活動するチームの皆さんの姿に心動かされました。私も微力ながら、これからも沢山の『見えるを守る』ために精進していきたいです。

また、2019年11月に行われた第35回日本視機能看護学会では、タンザニアでの眼科手術における感染対策面に着目し、資金不足や環境的な制限のある中でも実践可能と考えられる感染対策支援について発表させていただきました。
すぐに実践することは困難かもしれませんが、今後は患者教育も含め、術後眼内炎の発症を少しでも減らしていけるような働きかけができればいいなと考えています。

今後とも本活動の応援をよろしくお願いいたします。

タンザニア眼科医療支援活動2019 Part2

【報告者】眼科三宅病院 看護師 村上佑里

【活動2日目】

翌日からはいよいよ手術です。患者さんはほとんど英語が話せないため、現地の医学生や横江さん(タンザニア日本大使館勤務の日本人看護師)にスワヒリ語での通訳をお願いしながら進んでいきました。
私は、知多小嶋記念病院の看護師である高橋さんと手分けをして、交代で手術の助手を行いました。手術器具やナイフは日本から持ち込んだものを使用したので、普段と変わらない道具で安心して臨むことができました。

浅見先生の助手は日頃から行っているので慣れてはいましたが、タンザニアでの助手は普段とは違う緊張感がありました。先生はいつも通り非常に落ち着いて貫禄がありました。


浅見副院長の手術の助手につく私

徳島市の藤田眼科の中茎敏明先生、大阪医科大学の藤田恭史先生の助手は全く初めてでしたが、こちらのテンポに合わせていただきとても助かりました。国境を越えて眼を治療している先生方はとてもたくましく、また私自身もそこに携われていることを誇りに思いました。


手術翌日の診察にて
よく見えるようになったと喜ぶ患者さんと、手を取りあって喜びを分かち合う藤田先生


術翌日の回診時
患者さんと握手する中茎先生

朝から夕方過ぎまでノンストップで手術を行っていたため、この日もハードな内容でしたが、チームの方々が術野の外でテキパキと動いてくださったことで、集中して取り組むことができました。

途中横江さんに買ってきていただいた昼食を交代で頂きました。

ピラフのような…日本人の口にも合う味付けでタンドリーチキンも美味でした。

オペ室には沢山の医学生がおり、手術の最中も熱心に質問したり、真剣な表情でオペを見学する姿が印象的でした。タンザニア近郊の国から学びに来ている学生も多く、技術を習得し自国で眼科を発展させたいと考えているようです。


現地の眼科レジデントに手術の説明を行う山﨑先生


日本チームとタンザニアチームで記念撮影

【活動3日目】

この日も朝から夕方までひっきりなしに手術を行い、チーム全体に疲労感がうかがえました。全ての手術を終えた後は、在タンザニア日本大使館公邸での食事会が予定されていました。昨年までは吉田雅治氏が大使を務めていらっしゃいましたが、2018年10月より新しく後藤真一氏が着任されており、長年活動に参加しているメンバーも後藤大使とは初対面となりました。


後藤真一大使ご夫妻と、活動メンバー

公邸には大使専属の料理人がおり、天ぷらなどの美味しい日本食が振る舞われました。私もこの会を非常に楽しみにしていたのですが、現地の水に当たったのか体調を崩し、残念ながら参加できませんでした。
タンザニアの水に慣れていない日本人は、現地の水道水は飲むことができません。水道水で洗ったお皿やコップを使用するだけでも水に当たる場合もあると聞き、歯ブラシを洗うのでさえペットボトルの水を使ったりと、細心の注意を払っていたつもりでしたが。当然のように日常的に水道水を使用している日本では考えられないストレスがありました。

タンザニア眼科医療支援活動2019 Part1

【報告者】眼科三宅病院 看護師 村上佑里

昨年の2018年に当院の浅見哲副院長が参加したタンザニア連合共和国での眼科医療支援活動に、今回初めて同行いたしましたので、その活動内容についての報告をさせていただきます。この支援チームに関する詳細は、2018年の浅見副院長による活動報告(http://www.miyake-eye.or.jp/topics/topics-support)をご参照ください。

【はじめに】

2019年は昨年よりも少し遅い6月15日~23日の活動となりました。タンザニアにおける信仰の約40%をイスラム教が占めていますが、そのイスラム教にとって重要なラマダンという期間があります。日中に断食を行うことで、飢えを知り自制心を強化するといった目的があるようですが、今年はちょうどそのラマダンが終了した後の活動となりました。少し興味があったので、目の当たりにできず残念でした。
昨年の参加人数は9名でしたが、今回は全国各地から数名の眼科医師が新たに加わり、眼科医6名、看護師3名、視能訓練士1名、医療機器関連会社4名、計14名の大所帯での活動で、とても心強かったです。

【活動初日】

人生で初めて降り立ったタンザニアの地は、6月の日本と比べると蒸し暑く感じました。日中の気温は30℃近くまで上昇し、日差しは強烈で思わず顔をしかめる程でした。
初日は昨年と同様に、ムヒンビリ大学病院の講義室にて、現地の眼科医師と医学生を対象とした日本人医師による講演が行われました。先生方の話に真剣な表情で聞き入る学生達の姿がとても印象的でした。
浅見先生の講演では、後嚢が破損した際の処理の仕方や、眼内レンズの強膜内固定術について紹介されました。現地医師からは針の角度や刺す位置等の具体的な質問がありました。現地では行われていない手技であるため、初めて見るビデオに興味深々の様子でした。


浅見副院長の講義

名古屋市立大学病院の前沢琢磨先生の講演の最中に、一時騒然となる場面がありました。前沢先生の講義では、日本の眼科研修医の待遇について色々な角度からのお話をされていましたが、その中で、日本の研修医の給料が現地の医学生にとっては高額であることに驚いていたようでした。タンザニアの医療が遅れている原因はいくつかあると思います。タンザニアの大学病院の医師の給料が安いために医師達の意欲を引き出しにくく、また職業として医師を希望する人も少ないことが、医療発展の足かせとなっている面もあるようです。


前沢先生の講義

講演が終了すると二手に分かれ、手術予定患者の術前診察や手術室の器械類の確認と準備を行いました。
初めて見学するタンザニアの手術室に期待と不安が膨らみましたが、入る直前でまず常駐するスタッフに、『外からの荷物を持ち込むな』と足止めされました。彼らは手術室用の上履きを毎日洗ったり、部屋を小まめに掃除したりと常に清潔を保つことを意識しており、その努力が伝わってきました。活動メンバーによると、本活動の初期には現地スタッフの術野に対する清潔の概念がほとんどなかったものの、活動を通じて毎年スタッフ教育をして徐々に改善されてきた結果がこの点に表れているのだ、ということでした。
次に手術室内にいざ入ってみると、空調設備はエアコンのみで、手術室内には普通の窓まで設置されていました。日本では手術室に密閉度の低い窓があるなんて考えられないことです。さらには、完璧な清潔状態が求められるオペ室内において、蚊やハエと出くわしました。特にハエは清潔な器械を汚染する可能性があるため、感染対策面においては建物の構造などのインフラの整備から始める必要があると感じました。

翌日からスムーズに手術を進行させていくために、可能な術前検査を今日のうちに済ませておこうということで、Aモード眼軸長測定を行いました。日本では視能訓練士にお任せしてばかりの看護師の私も、検査を体験させていただきました。もちろん検査のほとんどは、知多小嶋記念病院の視能訓練士である吉川さんにほとんどやっていただきました。眼科という分野において視能訓練士の存在はとても大きなものだとあらためて感じました。


眼軸長測定を初めて体験させていただきました。

当大学病院において、産婦人科や小児科の患者が多いこともあり、手術室の廊下が可愛い絵で装飾されているのは、この病院ならではだなと思いました。


オペ室の装飾と、視能訓練士の吉川さん

初日からハードな内容でしたが、無事に1日を終えることができました。

タンザニア眼科医療支援活動2018 Part6

【報告者】浅見 哲

2018年6月2日(土)
活動最終日は横江美貴さん(在タンザニア日本大使館職員、看護師)の地元のKinyerezi村での検診を行いました。横江さんが用意してくださったバンでKinyerezi診療所に向かいました。この診療所では通常、内科と婦人科の救急処置のみの対応となっていますが、この日は一部屋を眼科検診用として貸していただきました。


Kinyerezi診療所

眼科検診を待つ患者さん

検診希望者には横江さんが事前に問診を取り、視力、血圧、血糖値なども測定していただいていたので滞りなく進みました。
来院予定だった30名のうち、数人は当日現れず。その代わり、噂を聞きつけて飛び込みでやってきた患者さんがいたりして、最終的に27名の眼科検診を行いました。

ほとんどの患者さんは英語が通じないため、横江さんの長女のルナさんが、スワヒリ語と日本語の通訳として大活躍でした。
患者さんの症状は、めやに、かゆみ、視力低下、字が読めない、などでした。めやに、かゆみに対しては日本から持参した点眼を渡して点してもらうようにしました。
視力が低下している方の中には、白内障を疑う人がいたのでムヒンビリ大学病院の受診を勧めました。また、翼状片(白目の表面にある結膜組織が、黒目の角膜上に張り出す病気)が瞳孔中心を覆うくらい進行している方もいて、日本ではこれほど進行した翼状片はまず見られない、というレベルでした。


現地の患者さんに非常に喜ばれたのが老眼鏡でした。
前回の活動時に眼鏡の需要が高いことを知り、今回の活動には多数の老眼鏡、サングラスなどを持参しました。

タンザニアの一般の市民は眼鏡に手が届かないのが実情です。月給が約2-3万円という相場のところ、眼鏡は一番安いものでも5000円ほどするそうです。ですので、ほとんどの人は眼鏡で矯正する習慣がないので、眼鏡で矯正すれば良く見えるはずなのにそのまま放置せざるを得ない現状があります。


初めて老眼鏡を掛け「字が良く見える!」と喜ぶ患者さん。いい笑顔ですね!


特に視力の矯正を必要としない患者さんにはサングラスをお渡ししました。良くお似合いですね!


診察を受けるおじいちゃんを心配そうに見つめるお孫さん

今回、参加者各自が古着を持参し、来院した患者さんに配りました。初めは持って帰る人は少なかったのですが、無料で配っていることを知ると、あっという間になくなってしまいました。特に子供用の古着が人気で、若いお母さんに喜んでいただきました。


検診の仕事を終えた後で、横江さんが家から作って持ってきていただいたおにぎりをみんなでいただきました。久々の手作りおにぎりは大変おいしく、活動の疲れも癒えました。前日も遅い帰りだったのに、お忙しい中、わざわざ作っていただいたことに心までも温まりました。

検診が終わると、横江さんのご主人でありイララ市会議員であるグレーソンさんが、見送りに来ていただいていました。

診療所の前で集合写真を撮って、今回のボランティア活動は終了となりました。


そのままバンに乗り込み空港へと向かいました。


タンザニア眼科医療支援活動の代表者、山﨑俊先生(山﨑眼科院長、愛知県春日井市)
ダルエスサラームのジュリウス・ニエレレ国際空港にて

タンザニア眼科医療支援活動2018 Part5

【報告者】浅見 哲

2018年5月30日(水) 手術2日目
AM7:30 宿を出てムヒンビリ大学病院に向かいました。初めに前日手術をした11人の診察を行いました。手術翌日から視力は改善し、患者さんにも非常に喜んでいただきました。


術後の患者さんと小嶋先生


いっぷう変わった視力検査表
行燈のような形をした視力表を回転させるとランドルト環(日本で一般的なC型の視標)の他に見慣れない視標もありました。

前日に壊れた超音波測定装置の代替機が、ムヒンビリ大学病院Academic Medical Centerから研修医の手により届き安堵しました。しかし、使ったことのない機種であり使用方法が分からなかったため、初めは苦戦しましたが視能訓練士の吉川静香さん方のおかげで何とか検査できるようになりました。

2日目の白内障手術の予定は、前日から持ち越した3名を含め13名でした。また、噂を聞きつけて手術予定でないのに来院し、これ以上の受け入れはなかなか難しいことを説明し帰っていただいた方や、現地ドクターが手術候補リストに挙げたものの手術を受けられなかった方々と現地ドクターがもめる一幕もありました。


この日の手術には現地メディアの取材が入りました。
ちょうど浅見が手術をしているところを撮影していただきました。現地のタンザニアで報道されたニュース番組のリンクを以下に載せますので、ご興味があればご覧ください。

いつの頃からか、タンザニア眼科医療支援チームのお守りとして法然上人(として扱っている)置物に活動に同行していただいております。浄土宗の高校出身の山﨑俊先生が「活動の安全祈願のお守り」として用意されたものですが、今では活動メンバーの精神的支えとなり、本活動に無くてはならない存在となっています。


手術中の小嶋先生と手術を見守る法然上人像(手前の置物)

2日目になると現地の眼科医師、レジデントともだいぶ打ち解けてきました。「どうしたら超音波白内障手術ができるようになるのか」と熱心に聞かれたり、「このままもっと長期に滞在して教えて欲しい」、と頼まれたりしましたが、現実的な問題としてなかなか叶えてあげることができないもどかしさがありました。私が手首につけていた蚊除けのバンドに興味を示し、マラリア予防であると説明すると、「マラリアが怖いの?」と笑われてしまいました。ここタンザニアではマラリアは非常に身近な存在で、誰でも体内にマラリア原虫が潜伏しており、その活動性が高まり熱発すると学校や仕事を休んで、熱が治まったら普段の生活に戻るという、日本での風邪にかかった程度の認識くらいしかないようです。「いっそのこと、タンザニアにいるマラリアの半分くらいを日本に持って帰ってよ!」という冗談も飛ばしていました。


眼科ドクターや眼科レジデントとの記念撮影

写真撮影の際のピースサインはタンザニアでも同じのようです。


手術終了後の集合写真

オペが終わった後は、在タンザニア日本大使の吉田雅治氏に、夕食会に招いていただき、在タンザニア日本大使公邸にお邪魔させていただきました。


大使館側の出席者は、吉田雅治大使(写真前列左手)のほか、小杉隆史医務官(後列左端)、藤原稔久三等書記官(後列右から3人目)、今さん(JICA草の根技術協力事業、前列左から2人目)でした。

吉田大使は、これまでフィリピンや中国広州、米国シカゴなどの諸外国に赴任され、2015年4月から現在の駐タンザニア日本大使として着任されました。また、小杉医務官は、十数年前まで静岡済生会病院の救急科で働き、その後外務省に入省し、世界各国の医務官として働いていらっしゃるそうです。
「タンザニア国内のインフラがこの数年で劇的に改善してきている」、というお話がありました。「数年前までは日に何回も停電していたものの、最近は停電回数もかなり減り、インフラが整ってきていることを実感している」、というお話でした。しかし、そのお話のそばから、大使公邸が一瞬停電になり、予備電源で回復するということがありました。実際に山﨑先生の話によると、本活動の第1回から5回くらいまでは手術中にも1-2回数分程度の停電があったそうです。しかし、最近ではほとんど停電はなくなりました。水力発電所の設備が充実してきたことが功を奏しているそうです。
また、吉田大使が前任の岡田眞樹大使から聞いた、アフリカでの中国人の活躍ぶりについてのお話として、「中国の人口は日本の10倍であるので日本の10倍優秀な人材がいる。アフリカでの中国人の活躍ぶりには目を見張るものがある。最近の世界における中国の躍進の縮図がアフリカで見てとれる。日本人もうかうかしていると置いていかれてしまう。」というような趣旨のお話もされ、なるほど、アフリカでの中国人の存在感はそれほどのものかと感じさせられました。
タンザニアの医療事情についてのお話もありました。眼科はもちろんのこと、救急医療の遅れがあり、病棟では患者に急変があっても病棟看護師は連絡をすると怒られるからという理由で医師を呼ばないので、安心して現地の医療機関を受診できない、というお話でした。


残念ながら、当日は大使専属の料理人が不在であったため、ギリシャ人シェフのケイタリングでしたが、おいしい料理をいただきながら、吉田大使や小杉医務官の貴重なお話を伺い、あっという間の2時間でした。


中庭には素敵な日本庭園がしつらえてありました。敷き詰めてある白い砂利はタンザニア産ということです。

タンザニア眼科医療支援活動2018 Part4

【報告者】浅見 哲

2018年5月29日 手術1日目
手術1日目です。AM7:00に宿を出てムヒンビリ大学病院に向かいました。
前年の活動以来、手術器械、手術用顕微鏡、モニターなどのメンテナンスがしっかりされていたか不明であったので、まず初めにそのチェックから開始しました。
小嶋義久先生、竹内護さん(アシコ・ジャパン、NPO法人タンザニア眼科支援チーム理事)、竹内建司さん(テイクオフメディカル、NPO法人タンザニア眼科支援チーム理事)は、顕微鏡、モニター、記録ビデオ、滅菌器械などのセットアップを行いました。
高橋まゆみさん(知多小嶋記念病院看護師)は、手術に必要な清潔器械の準備、吉川静香さん(知多小嶋記念病院視能訓練士)は、現地の研修医が行う眼軸長測定の指導・監督、横江美貴さん(在タンザニア日本大使館職員、看護師)、貞廣光佐子さん(日本アルコン社)は、患者の氏名、術眼、手術に関する患者情報の記録・確認、山﨑俊先生は全体の流れの総監督、浅見 慎(三重大学1年)は、眼内レンズの度数計算、と、それぞれ手分けをしながら準備を進めました。


微鏡とモニターの調整、接続の調整を行う竹内建司さん

モニター、ビデオの調整を行う小嶋義久先生と竹内建司さん
患者情報の記録・確認を現地研修医と行う貞廣光佐子さん

眼軸長測定を行う吉川静香さんと、横江美貴さん

手術室の廊下
スコットランドの慈善団体Archie-Wood Foundationが廊下の壁をきれいにペイントしてくれたと言う。同慈善団体は他にも、小児科オペ室に麻酔器やベッドも設置してくれたそうです。

種々の器械の点検、セッティングが終了し、手術を開始することができました。小嶋先生と浅見でこの日は11名の白内障手術を行いました。当初の予定では14名の手術を行う予定でしたが、眼内レンズの度数決定のために必要な眼軸長測定用超音波装置のコードが検査途中に断線してしまいました。何とか修理して続けようとしましたが、それもかなわず、結局3名は翌日に持ち越しになってしまいました。普段の器械のメンテナンスも十分に行われていない現状では、何が起こったとしてもおかしくなく、このような突然のトラブルはこれまでの活動の中でもよく起こっていたようです。


このようなトラブルに遭遇しても動じない姿勢は、さすが十数年もこのような環境下で活動を続けてきただけのことはあると感心しました。この件に関しては、ムヒンビリ大学病院Academic Medical Center(本施設については、本連載Part 3を参照)にあった超音波検査機器を持ってきてもらうことになりました。


眼科ドクターの母上の手術を小嶋先生が行いました。手術前は心なしか不安そうな表情でしたが(左写真)、手術が終わった時には、「痛くなかった!」と言って、小嶋先生に握手を求めてきました(右写真)。

余談ですが、タンザニアの都市部では、今回のように白内障手術を受ける患者さんもいますが、少し田舎に行くと、今でも呪術師が祈祷を行っているそうです。そのような田舎では、現代医療というものは住人が見たことがないためまったく受け入れられず、ましてや白内障の手術などというのは敬遠されるようです。手術はそれこそ魔術的なものと捉えられているのかもしれません。

ムヒンビリ大学病院のオペ室でびっくりするような出会いもありました。日本の医学生がムヒンビリ大学病院のオペ室に来ているとの情報を得て、眼科のオペ室の見学にも来てもらいました。学生は三重大学医学部小児科で研修中の医学部6年生でした。三重大学小児科では、6年生の学生を1か月間、ムヒンビリ大学小児科に派遣して、


世界の医療の現場を見学させているようです。三重大学は私の母校でもありますので、すごく親近感が湧きました。本ボランティア活動の紹介や白内障手術の説明などをさせていただきました。私

が医学生だった頃にはこのような海外の経験ができるようなプログラムはありませんでした。今の学生は学生時分からこのような機会が与えられて羨ましくもありました。

(一番目の写真)左から2~4人目の三重大学医学部学生に山﨑先生と一緒に手術の説明を行っているところ

(二番目の写真)顕微鏡の左側の3人が医学部の学生

また、余談ですが、ダルエスサラームの郊外に少し行くと、道路端ではいろいろな物を並べて売っています。パイナップルやバナナ、ピーナツ、工芸品、また、写真にはありませんがマサイ族が焚火で焼いた牛肉のBBQなどです。ガソリンスタンドに停まると、商魂たくましい人たちが寄ってきます。

タンザニア眼科医療支援活動2018 Part3

【報告者】浅見 哲

講義の後は、寄贈品の贈呈式がありました。在タンザニア日本大使の吉田雅治氏からの挨拶がありました。吉田大使は、我々日本の眼科チームが10年以上の長きにわたりタンザニアの医療に貢献してきたことを是非タンザニア国民に知ってもらいたい、ということで、タンザニアの現地のマスコミに声をかけていただき、昨年に続き、テレビや新聞の取材も受けました。

検眼鏡セットの寄贈


贈呈式の模様を現地のメディアが取材


山﨑俊先生が現地メディア、Azam TVのインタビューを受けました。
贈呈式やインタビューの動画は以下のリンクよりご覧ください。

タンザニアの現地メディアに紹介された2018年贈呈式の様子です。
https://www.youtube.com/watch?v=bgvohCNJp1M

2018年の寄付の総額は、約913万円相当、寄付のアイテム数は2241と手術に関するディスポ製品、寄付に協力していただいた企業は10社になりました。
贈呈式の後、翌日の手術予定の患者さんの診察を行いました。


診察室の外の廊下には手術を希望される患者さんが待っています。


小嶋義久先生の術前診察
前眼部と眼底を入念にチェックし、白内障手術をするのに支障はないか調べます。


浅見も同じ患者さんを診察させていただき、小嶋先生と所見について話し合い、手術の方法などを議論しました。


カラフルな民族衣装を着た患者さん

術前診察が終わった後は、ムヒンビリ大学のドクターに用意していただいたタンザニアの地元料理をいただきました。豆入りのご飯やバナナシチュー, 地元でKukuと呼ばれる鳥のから揚げ、Pirauなどでした。Pirauという料理はピラフの語源にもなったトルコ料理として有名ですが、ここアフリカや中東でも食べられているようです。タンザニアでも、冠婚葬祭などの行事の際によく作られている家庭料理で、牛肉・鶏などの肉や野菜、米、スパイスなどを材料とした料理です。

竹内護さん(アシコ・ジャパン、NPO法人タンザニア眼科支援チーム理事)、竹内建司さん(テイクオフメディカル、NPO法人タンザニア眼科支援チーム理事)、横江美貴さん(在タンザニア日本大使館職員、看護師)の班は、昨年新しくできたムヒンビリ大学病院の分院とも言うべきAcademic Medical Centerに行きました。そこには近代的なビルがそびえたっていました。この病院は、アジア系企業のローンで建てたそうです。その病院には昨年その企業から医療器械が寄贈されていましたが、眼科の手術器械が動くかどうか確認してほしい、との要請でした。しかし、実際に器械を見てみると、器械内部のメモリ電源が完全に放電して起動プログラムが消失し、全く使用できないような状態でした。現地の人に話を聞くと、どうやら、手術器械を単に送りつけただけで、器械の立ち上げ方、メンテナンスの仕方などのガイダンスが全くなかったようです。


せっかく寄贈した高価な器械も現地の人にとっては無用の長物になってしまったようで、国際貢献のあり方を考えさせられる出来事になりました。

(次回に続きます)

タンザニア眼科医療支援活動2018 Part2

【報告者】浅見 哲

2018年5月28日 AM7:30 事前に頼んでおいたムヒンビリ大学病院のドライバーが現れず。急遽手配したタクシーと横江美貴さん(在タンザニア日本大使館職員、看護師)の車に分乗してムヒンビリ大学病院に向かいました。
午前中はムヒンビリ大学において、眼科医師やレジデントに向けての講義と、寄贈品の贈呈式、手術患者さんの術前診察を行いました。

ムヒンビリ大学病院前にて

講義は、初めに山﨑俊先生が「How to improve phaco surgery(超音波白内障手術が上達するにはどうしたらいいか)」という題で講義されました。

次に、小嶋義久先生は、「Some points of PEA (超音波水晶体乳化吸引術のポイント)」という題で講義をされました。

タンザニアでは眼科医数が不足していますが、ドクターは一応白内障手術を行っています。しかし、2-3mmの小切開創から行うことができる超音波水晶体乳化吸引術の手術器械はディスポの部品を必要とします。タンザニアの医療施設ではそれを購入する予算がないため、そのような高価な器械を買う必要のない術式、つまり水晶体嚢外摘出術(約10-11mmの切開創が必要)を主に行っています。超音波乳化吸引術が少しでも普及してほしいという思いから、山崎先生、小嶋先生は、超音波乳化吸引術の習得の仕方について講義をされました。
最後に浅見が、「The importance of disinfection in cataract surgery (白内障手術における消毒の重要性)」について講義をさせていただきました。
タンザニアでは、ドクターを含め医療スタッフは、手術時に無菌状態を保つための清潔操作の重要性に対する教育、認識が行き届いていません。また、前述したように大きな切開創を必要とする水晶体嚢外摘出術は、眼表面の常在菌が眼内に入って起こる術後眼内炎を発症する頻度が高くなります。そのため、術前の消毒の重要性とその方法についての講義を行いました。
講義後には現地医師や研修医から、眼内炎や抗生剤の使用方法などの質問が来ました。上記の理由により眼内炎の発症頻度が高いことと、いったん発症してしまうと、その治療に必要な硝子体手術をする器械がないために失明する頻度が高いことから、眼内炎に対する関心が高かったようです。


カメラに背を向けて、座って講義しているのが浅見です。


講義では、眼科三宅病院と眼科ドクターの紹介も行いました。


講義の後で記念撮影
真ん中:山﨑俊先生
右:小嶋義久先生
左:浅見

ムヒンビリ大学の眼科は、小児科と併設されていることもあり、外来棟の壁のあちらこちらには、タンザニアのアートであるティンガティンガが描かれていました。

余談ですが、ダルエスサラーム市内の路上では実に様々なものが売られています。ティッシュ(上段左)や、アイスクリーム(上段真ん中)、自転車のタイヤにバッテリー(?)(上段右)、風船に懐中電灯(下段左)、体のパーツの呼び方ポスターに世界地図(下段右)などなどです。「暑い夏にアイスクリーム、パンク時の交換用タイヤ、停電が多い都市に懐中電灯」は分かるのですが、路上で世界地図は誰が買うのだろう、と正直なところ疑問に思いましたが、地図を買ったりする人もちゃんといるという、現地在住の横江さんの言葉にそういうものかな、と納得しました。


(次回に続きます)